「ういます」

兼業農家の跡取り息子でも、商工会との関わりは案外と古い。
いつ頃から始まった慣習かは定かではないが、旧東商工会では毎年日めくり暦を地区全戸に配布していた。古い我家の薄黒くきたない壁に新しい真っ白な暦が掛かると、その周辺が「ピリッ」とまぶしく、それだけでなにかこう誇らしく、またうれしい正月の到来を感じさせる大切な一品だった。

やっとひらがなが読めるようになった5〜6才のある日、その暦に「毎度有難う御座います」なる文字をあらためて発見した。読めない漢字は勝手にとばし、ひらがなの部分だけを拾い読みして「ういます」と読めても言葉の意味がどうにもこうにも解らない。意味不明な言語に困ってしまった。

家族が集まる夕飯どき、暦の文字をなぞりながらその意味を聞いた。親は笑っているだけで教えてくれなかった。おそらく年端のいかない子どもに意味を説明してもしかたのないことと思ったのだろう。そんなことをきっかけに、ひとしきりその暦のことについて家族で談笑がつづいた。

食事といっても、土間のむしろに戸板のようなもの一枚「バンッ」と敷いただけの食卓。それを囲み、粗末な夕餉のひとときを無邪気な会話で家族が和むことができたことで、子どもなりの役割は今にして思えば知らずに担っていたとは思うものの、それを発行した「しょうこうかい」という会の不思議さと、その「ういます」という言葉の疑問は長いこと残った。

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